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このブログについて
 ワタクシは北海道で釣りや屈斜路湖でレンタルカヌーを使ったツアーなどのガイドをしています。このブログは、フライフィッシングをつうじて出逢った情景や魚たちを中心につづっています。ガイドの詳細や問い合わせは、こちらから。釣りやカヌーのことにかぎらず、北海道旅行についての相談もお気軽にどうぞ。
北海道ガイドツアーズ・外山明俊




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生命の母なる海と閉ざされた川の運命
魚が、産卵のために川に帰ってくると、川に残っている小さな魚などを蹴散らして、後世に遺伝子を残してゆくのです。川だけですごす魚は、3年で15〜30センチほどに成長し、海へくだる魚は、3年で50〜60センチにまでなります(マス類の話)。

条件にもよるでしょうが、川だけで50センチをこえるのは、実に10〜15年はかかることでしょう。天然の渓流魚の寿命は、通常5〜6年と言われていますから、それはもう奇跡と言うしかないのです。

サケ科の魚に限らず、コイ科、ハゼ科、さらには甲殻類までも、さらにさらにありとあらゆる生きものたちは、海から川へとのぼって進化を続けてきたのです。

それにしても、人間という生きものは、なんて愚かなことをしてきたのか、ト、思うことがあります。人間が生きてゆくためには、しかたがなかった時代の「なごり」なのかも知れませんが、たった10センチにも満たない子どものヤマメを捕って喜び、70センチほどにもなるサクラマスなど待っていられないのです。

まあ、昔は、サクラマスの子どもがヤマメだったなんて、わかっていなかっただけのことかも知れません。人間は、ただたんにあまり深く考えずに、必死にその日々を生き残ろうとしただけだったのかも知れません。

その昔、多摩川で大量にとれたサクラマスを築地に卸していたそうです。大正時代の記録によると、じつに数百万円の水揚げがあったそうです。それが、上流にダムを造った途端にアッという間に消滅したのだそうです。

そして、いま、多摩川のダムに魚道を造って、もしかしたら川をのぼって小河内ダム、奥多摩湖、山梨の山奥のほうまで、さらには青梅を越して御岳、さらに御殿場にまで魚たちが帰ってくることも夢ではなくなるのかも知れません。

しかし、そのダムの魚道は魚たちにとっては、あくまでも不自然な障害物でしかないのも事実です。すべての魚たちが魚道をのぼれるとは限りません。選ばれた、もしくは運の良い魚が、もしかしたらのぼるかも知れない、といった程度のもので、人間のご都合主義的な偽善でしかないのかも知れません。

東京都、さらには政府は、多摩川を「魚が上りやすい川づくり」事業のモデルにするのだと意気込んでいるようです。はたしてこんなバカげたことに、どこまで税金をつかったら気が済むんでしょうか。アメリカなどでは、もうとっくにあきらめて、別の道を歩んでいます。

なぜダムを造る前に考えておかなかったのか。さらに新しく造るダムでさえも、自分たちの都合しか考えていないだなんて・・・。
| 環境 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
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